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病院から逃げてきた少女

時事ブログの[佐藤記者の精神医療ルネサンス]ならず者医療(1) 「拉致」された女性を読んで以下のお話を思い出しました。
当時、福島大学の教授で「生きがい」についてたくさんの本を出されていた飯田史彦氏のもとに、精神病院から抜け出してきたと思われる1人の少女が会いにきたお話です。


転載元:
第2話 病院から逃げてきた少女

※以下にご紹介するショート・ストーリーは、プライバシー部分を修正している以外、すべて実際の出来事です。


 ある秋の日の午後、エレベータから降りて研究室に向かうと、ドアの前には、見知らぬ少女が立っていました。年齢は、18才前後といったところでしょうか。
 見ると、胸のところで組んだ手には、私の『生きがいの本質』が、しっかりと抱きしめられていました。私は、「サインを求めにきた、うちの学生さんかな」と思いながら、声をかけました。
 

 「あの~、飯田ですが、私に用事ですか?」
 「・・・・・・」

 少女は、真ん丸い目をさらに大きく見開いて、私の顔をじっと見つめました。何か言おうとしているのですが、唇が小刻みに震えるだけで、言葉が出てこないようです。
 ただならぬ気配を感じた私は、とりあえずドアの鍵を空け、部屋に入るよう指示しました。

 「とにかく、どうぞ、お入りください。」

 研究室に招き入れ、ソファに座らせると、少女は、わっと泣きはじめました。まるで、涙のダムが壊れたかのような、すさまじい泣き声です。私は、「ああ、まずい・・・きっと、廊下に響き渡っているだろうなぁ・・・ほかの先生方が、『何事か?』と、やって来なければいいが・・・」と、不謹慎な心配をしながら、少女が泣きやむのを待ちました。このような時には、泣きたいだけ泣かせてあげることが、私にできる最良の措置であることを、過去の数々の経験から知っていたからです。

 ところが、しゃくりあげるような泣き声は、10分たっても、20分たっても、収まりません。「こりゃ、長期戦になるな」と覚悟した私は、研究室のドアから廊下に首を出し、幸いにも、左右5つくらいの研究室には、どこにも灯りがついていないことを確かめました。周囲に迷惑をかけない以上、こうなったら、思い切り泣かせてあげるしかありません。私は自宅に電話をかけ、「ごめん、今日は、帰るのが遅くなるかも」と、妻に告げておきました。

 やがて、30分もたった頃でしょうか。
 ようやく、少女の泣き声が小さくなり、一瞬だけ、途切れました。
 私は、「ここを逃してはなるものか」と、意を決して声をかけました。

 「・・・どう? ・・・元気?」

 少女が元気なはずはないということくらい、重々承知していましたが、ここはひょうきんに攻めるしかありません。私は、つとめて明るい声を出しました。

 「・・・どう? ・・・おさまってきたかな?」
 「こ、ごめんなさ~い!」

 謝ったかと思うと、少女は、またしても泣きはじめました。私は、「し、しまった、逆効果だったか!」 とあわてながらも、今度は慎重に言葉を続けました。

 「君、うちの学生さん? 見たことない顔だけど・・・」

 すると少女は、はじめて、はっきりと顔を上げてこちらをみつめました。たくさんの涙の粒が、まつげの先に光っています。

 「・・・か、かわいい・・・・・・」

 ・・・そんなことを考えている場合ではありません。
 私は、ここぞとばかりに問いかけました。

 「それは、僕の本だよね? ありがとう、サインさせていただくよ。」

 まずは、このあたりの話題から入っていくのが無難というもの。すると少女は、素直に手を差し出し、本を渡してくれました。私は、いつものように、「お元気で、お幸せに」 というメッセージを書き、署名したうえで、その日の日付を入れました。

 「そうだ、君の名前も書いておこう。名前は?」
 「・・・**りか(仮名)・・・」
 「おお、りかさん・・・かわいい名前だね。それじゃ、いちばん上に、『りかさんへ』 と、書いておくからね。」

 私が本を手渡すと、少女は初めて、にっこりと、満面の笑みを返してくれました。純真無垢という言葉がよく似合う、素朴で素直な笑顔でした。
 私は、「よしよし、これはいけるぞ。さて、次は、どう切り出そうかな?」と、心の中で作戦を練りはじめました。

 すると、私が次の言葉を迷っているうちに、少女の方から、話しはじめてくれたのです。
 しかし、その言葉に、私はびっくり仰天しました。

 「あの・・・私、病院から逃げてきたんです・・・」
 「え~~~っ?!」
 「もう、戻りません。」
 「も、戻らないって言ったって・・・本当に、逃げてきたの?」
 「はい。」
 「どこの病院?」
 「知りません。」
 「知らない、ってことはないだろ?」
 「知らないんです」
 「病院名を忘れたの? 市内の病院?」
 「いえ・・・」
 「福島じゃないの?」
 「わかりません・・・」
 「わからないって・・・どうやって、ここまで来たの?」
 「駅の人に聞いて、東京から、やまびこ、っていうのに乗って・・・」
 「ええ~~~っ!!」

 私の頭は、パニック状態でした。しかし、少女が、嘘をついている様子はありません。

 「やまびこ、って、新幹線の?」
 「はい・・・生まれて初めて乗りました・・・東京っていう駅も、初めて。」
 「いったい、どこから来たの?」
 「だから、病院です。」
 「病院って、どこの病院?」
 「わかりません・・・知りません・・・」
 「最初に電車に乗った駅は?」
 「覚えていません・・・」
 「お、覚えていない、って言ったって、そんな・・・・・・」
 「病院からやっとの思いで抜け出して、いろんな人に駅への道を聞いて、駅に着いたら、駅員さんに、『福島って、どうやって行ったらいいですか?』って聞いたんです。」
 「???」
 「そしたら、東京っていう駅に行って、やまびこ、っていうのに乗ったらいいよ、って・・・」
 「!!!」
 「えへへ・・・切符を買ったのも、生まれて初めてだったから、面白かったぁ!」
 「(絶句)」

 それから少女は、ゆっくりと、しかし楽しそうに、身の上話をしゃべりはじめました。
 いつか病院を逃げ出してやろうと、ずっと前から計画していたこと。病院では、お医者さんや看護婦さんから、薬をいっぱい飲まされていること。その薬を飲むと、すごく嫌な、死んだような気分になるので、もう2度と飲みたくないこと。両親は、自分のことを、普通の人間じゃないと思っていること。自分を無理矢理に入院させたのは、両親であること。お父さんは、まったく病院に来ないこと。たまに病院に来るお母さんも、自分のことを、恐い目で見ること。お医者さんが、お母さんに、「回復の見込みはない」と言っているのを聞いてしまったこと。お医者さんが、看護婦さんに、「薬で抑えておくしかない」と言っていたこと。病院からは、抜け出せないようになっていること。病院では、与えられた作業をして、一日あたり500円の給料をもらっていたこと。そして、もう8年間も、家や病院から一歩も外に出してもらえなかったこと。

 私は、少女の言葉が、どこまで真実なのか、さっぱりわからなくなっていました。すべては、少女が作り出した妄想かもしれないのです。しかし一方で、少女の言葉は、すべて真実なのかもしれません。

 すでに、午後3時を回っていました。
 私は、「とにかく、この娘を何とかしてあげなければ・・・警察か・・・病院か・・・」と、対策を考えはじめました。

 「・・・でも、よく、福島まで来れたねぇ。」
 「はい、でも、あんなにお金がかかるなんて、びっくりしました!」
 「いくらかかると思ってたの?」
 「500円くらいかな、って。」
 「ご、500円? そんなのじゃ、新幹線には乗れないよ。今、お金持ってるの?」
 「はい、これだけ・・・」

 少女がポケットから出したお金を数えてみると、3700円ほどにすぎませんでした。

 「これで全部?」
 「はい・・・」
 「それじゃ、病院を抜け出した時には、1万円とちょっとしか、持っていなかったの?」
 「はい・・・それだけあれば、1週間はホテルに泊まれるかな、って思ってたんです。1週間あったら、飯田先生に会いに行けるかな、って・・・」
 「・・・1週間どころか、1万円とちょっとじゃ、1泊するのが精一杯だよ。」
 「えっ、本当ですか?! うわ~、困ったぁ・・・」

 少女は、心の底から、困り果てているように見えました。本当に、お金の感覚がないようです。

 「よく、間違えないで、こんな所までたどり着いたねぇ・・・」
 「はい、いろんな人に、いっぱい聞いたんです。やまびこに乗ってからも、ふくしま、ふくしま、って、ずっと考えてて、『ふくしま』っていう駅に着いたから、ああここだ、って降りたんです。」
 「駅からここまでは、どうやって来たの?」
 「タクシーに乗って、福島大学の飯田先生のところ、って言ったんです。そしたら、運転手さん、『ああ、だったら経済学部ね』って、すぐにわかってくれて・・・でも、2000円もかかっちゃったから、死ぬほどびっくりしました!」
 「そりゃそうだ。逃亡生活の軍資金が、1万円とちょっとじゃねぇ・・・それで、残りは3700円ぽっちになっちゃった、ってわけだ。」

 この時、私は、ある言葉を切り出すタイミングを、見計らっていました。もう、4時が近くなっていたからです。

 「・・・さあ、もう夕方だから、そろそろ、病院に帰らなきゃね。」

 その瞬間、またしても少女は、声を上げて泣きはじめました。
 どうやら、かなり感情の起伏が激しいようです。

 「嫌! 嫌! 帰りたくない! もう、あんな薬なんて嫌! お医者さんも、お母さんも、みんな嫌! みんなで、私をいじめるんです! だれも、私のことなんか、わかってくれないんです! 帰るなんて、絶対に嫌! 帰るんなら、今、ここで死にます!」
 「お、おい、待てよ! ここで死なれちゃ、僕が困るよ。君がそこに持ってる僕の本は、読んでくれた?」
 「はい、もう、何回も何回も読みました。」
 「その本は、どうやって手に入れたの?」
 「弟が、こっそり持ってきてくれたんです。」
 「なに? 弟さんがいるのか。」
 「はい。」
 「弟さんは、君の味方なの?」
 「はい・・・いいえ・・・この本をくれた頃は味方だったんだけど、今はお母さんやお医者さんの味方になっちゃいました。」
 「なるほど・・・君、その僕の本に書いてあることが、わかったかな?」
 「はい、生きていることって、すごいことだって、わかりました。だから、先生の所に来たんです。お礼を言わなくちゃ、って思って・・・この本を読まなかったら、とっくに私、自分で死んでるところでした。」
 「そうなの? それじゃ、もう、死ぬなんて言わないでね。」
 「はい。ごめんなさい。」
 「先生と君の、約束だよ。いいね?」
 「はい、約束します。」
 「それじゃ、もう帰らなきゃ。夜になっちゃうよ。みんな、心配してるよ。」

 その瞬間、またまた少女は、激しく泣きはじめました。

 「嫌! 嫌! 帰りたくない! だれも、私のことなんか心配してません。またつかまえられて、薬ばっかり飲まされるんです。帰るなんて、絶対に嫌!」
 「そんなこと言ったって・・・・・・それじゃ、どうしたいの?」
 「ずっと、ここにいちゃだめですか?」
 「ダメダメ! ここは住む所じゃないんだし、僕ももう、そろそろ家に帰らなきゃ。君にここに居座られたんじゃ、僕は少女監禁罪で、新聞に載っちゃうよ。」
 「・・・・・・そうですよね・・・・・・ごめんなさい・・・」
 「う~ん、どうしたらいいだろうね? 君、本当に、帰り方がわからないの?」
 「はい・・・初めて乗った乗り物ばっかりだったし・・・」

 私は、「こうなったら、やはり警察か病院に連れて行くしかないな」と、心の中で作戦を練りはじめていました。本人が、帰り道を知らないという以上、それ以外に方法が見つからなかったからです。
 すると少女は、突然に、意外なことを口にしはじめました。

 「私、修道院に入りたいんです!」
 「ええっ、修道院!?」
 「だって、私のこと、わかってくれるのは、飯田先生と、神様だけしかいないと思うんです。だから、福島に来て先生にお礼を言ったら、そのあとは、神様のお手伝いをして生きていこう、って思って・・・」
 「どうして、修道院、っていう場所のことを知ってるの?」
 「昔、サウンド・オブ・ミュージック、っていう映画を、テレビで見たことがあって・・・」
 「なるほどね。」
 「先生、福島の修道院に、連れていってください!」
 「残念ながら、福島に修道院なんか無いよ。」
 「じゃあ、どうしたらいいんでしょう? どこか、修道院のある所、知りませんか? 病院になんか、帰りたくない! もう、先生と神様以外には、誰も信じられない!」

 少女はまた、両手で顔を覆って泣きはじめました。

 私は、決断に迫られていました。

 私の理性は、「早く警察か病院に連れて行け!」 と叫んでいました。「この娘は、病気なのだ。これ以上、お前に何ができる? お前には、病気の娘を病院に戻してやる社会的義務がある。医者も両親も、今ごろは大騒ぎで探しているはずだぞ。修道院に連れて行くと言って、車に乗せ、警察へ直行すれば良いではないか。さあ、何をぐずぐずしている、早くだまして連れて行け!」 と。

 ところが、彼女をだますために口を開こうとした瞬間、私の心の中で、何者かが、感情のままに語りはじめたのです。「今、お前がこの娘をだまして車に乗せ、修道院に連れて行くと言いながら、あざむいて警察に突き出したとしたら、いったいこの娘の気持ちはどうなる? この孤独な娘の、お前に対する信頼はどうなる? 必死の思いでこんな所まで訪ねてきた、この娘のけなげな心はどうなる? 世の中で、お前と神様だけは自分のことをあざむかないと信じている、この娘の最後のひとかけらの希望は、いったいどうなるのだ?」 と。

 ・・・さめざめと涙する少女を前にして、私の心は、乱れに乱れました。

 私の理性は、ますます厳しく、私に冷静な判断を命じていました。「何をしている! お前には、選択の余地など与えられてはいないはずだ。病気の娘を病院に連れ戻すことこそが、お前の社会的責任ではないか。医者も家族も困ってるぞ。早く警察に突き出さなければ、取り返しのつかない事態になってしまうぞ。こんな娘を、信じちゃいかん。この娘は、病人なのだ。頭を、心を病んでいるのだ。ぐずぐずしていて、自殺でもされてしまったらどうする? どう責任を取るのだ? こんな娘を、信じてはいかん! 早く、警察に突き出すのだ!」

 ・・・そうだ、どう考えても、選択の余地は無い。修道院に連れて行くなどという夢物語は不可能な以上、警察に連れていき、保護を求め、無事に病院へ連れ戻してもらうのが常識ではないか・・・・・・ついに、私は、そう決断しました。

 「さあ、車に乗ろう。僕が、修道院に、連れて行ってあげるから。」

 もちろん、修道院など、心当たりはありません。車に乗せてしまえば、そのまま警察に連れて行くつもりでした。
 ところが、少女は、そんな私のことを、ひとかけらの疑いも持たずに、心底から信頼してくれたのです。

 「えっ! 先生、どうもありがとう!」

 車は、大学を出て、刻一刻と、警察署に近づいていました。少女は、楽しそうに鼻歌を歌いながら、語りはじめました。

 「私、ずっと、寂しかったんです。先生、私、変じゃないですよね? 普通の子ですよね? でも、みんな私のこと、おかしいって言うんです。だれも、私のことなんか、わかってくれなかったんです。家族も、お医者さんも、看護婦さんも、み~んな、私を病院に閉じ込めて、薬ばかり飲ませようとするんです。・・・でも、私、わかったんです。飯田先生の本を読んで、『この人なら、私のこと、わかってくれる』って・・・先生と神様だけが、私のこと、信じてくれる、って思ったんです。・・・ああ、良かった! がんばって逃げ出してきて、先生に会えて・・・・・・やっぱり、先生は、私のこと、わかってくれた。先生は、信じられる人だった。先生と神様だけは、私のこと、普通の人間として扱ってくれる・・・」

 私は、少女の言葉を聞きながら、胸が引き裂かれるようでした。「違う! 違うんだ! 先生も、今まさに、君を裏切ろうとしているんだ! 修道院に連れて行くと、君をあざむいて、警察に突き出そうとしているんだ! 僕も、これまで、君をわかってやらなかった人たちと、おんなじ汚い人間なんだ!」

 福島大学から福島警察署まで、車で10分ほどの距離でした。
 私と少女を乗せた車は、警察署まで、あと1分ほどの距離にまで近づいていました。少女が夢を見ていられるのは、あと、わずか1分でした。1分後には、私の車は警察署の駐車場にすべり込み、私は、私に裏切られたことに気づいて絶望する少女の腕をつかみながら、「すいませ~ん! 誰か来てくださ~い!」 と、署の中に向かって大声で叫んでいるはずでした。

 そして、大仏橋を渡り、国道4号線から左折して平和通りへと差しかかって、300メートル前方に福島警察署の建物が見えた、まさにその時でした。
 私の視界を、一瞬、まばゆいばかりの閃光がさえぎりました。どこかから「来た」 光ではなく、突然、目の前に「生じてきた」 光でした。「ああっ!」 と驚いてブレーキを踏んだ瞬間、私の心の中に、威厳に満ちた声が響き渡ったのです。

 「本当に、それでいいのか? それがお前の本心なのか? この娘は、お前だけを信じているのだ。この娘にとって、心を許せる友人は、お前だけなのだ。発病以来、人々からさげすまれ、忌み嫌われてきたこの娘にとって、最後の希望がお前なのだ。お前は今、この娘にとって、人間という存在全体の象徴なのだ。お前が裏切れば、この娘は最後の希望さえも失い、もう2度と、人間を信用することはなくなるだろう。しかし、もしもお前が裏切らなければ、この娘は、人を信じることの喜びを取り戻すことだろう。さあ、お前は、どちらを望むのだ?」

 ・・・それはまさに、神様の御声でした。

 「し、しかし、私には、そうするしか手段がないんです! 私に、どうせよとおっしゃるのですか? 警察にも病院にも連れて行かずに、彼女の信頼に応えて、しかもこの事態を丸く収めるような方法が、何かあるとおっしゃるのですか? 彼女の信頼に応えることなど、できないものはできないのです!」

 「できる! できるのだ! お前にならできる。その心をすべて開き、その頭脳のすべてを使って考えるがよい。信じるのだ。この娘を信じ、自分自身を信じ、そして私を信じるのだ。この娘にとって、お前がいつまでも心の同伴者でいられる方法があるではないか。そして最後には、私に任せるのだ。」

 ・・・・・・「私に任せるのだ」・・・・・・神様がそのようにおっしゃるとは、思ってもみませんでした。
 言われてみると、この少女にとって、「飯田先生だけは最後まで自分を裏切らなかった」 という希望を与え、いつまでも少女の心の友でいられるような方法・・・その方法が、確かに、たったひとつ残されているのです。神様を信じて、お任せさえすれば可能になる、ある方法が・・・・・・この瞬間、私はまさに、天啓に打たれていました。

 「キャッ!」

 急ブレーキに驚いた少女の声で、閃光は一瞬にして消えうせ、私の視界はふたたび開けました。

 「ごめん、ごめん、危なかったね。」
 「あ~、びっくりした! 先生、居眠りしちゃだめですよ。」
 「いや~、悪かった。もう大丈夫だよ、先生は、気づいたから。」
 「え? 何に気づいたんですか?」
 「あ、いや、何でもないよ・・・・・・それじゃ、これから、修道院に向かうからね。」

 私は、もう福島警察署には目もくれず、平和通りを直進して、ある場所へと向かいました。
 時刻はすでに5時を回り、夕暮れの赤い陽光が、町並みを優しく包み込んでいました。

 「修道院って、福島にもあったんですか?」
 「いや、福島には無いよ。」
 「それじゃ、どこまで行くんですか?」
 「東京だよ。」
 「え~っ! 東京??」
 「うん、東京まで戻って、僕の言う通りにしなさい。東京まで戻らなければ、修道院は無い。」
 「このまま車で戻るんですか?」
 「いや、福島駅まで連れて行ってあげるから、また新幹線で戻りなさい。」
 「でも、もうお金がないし・・・」
 「お金は、僕が出してあげるよ。」
 「いえ、それは絶対にいけません!」
 「そんなこと言ったって、3700円の軍資金じゃ、どうにもならんだろ。」
 「でも、私、先生にお金をもらいたくて来たんじゃありません!」

 少女は、頑として、お金を受け取ろうとはしませんでした。
 私は、困り果てました。

 「あげる」「いらぬ」と押し問答をしているうちに、車は、福島駅の西口に着きました。駐車場に車を止め、少女とふたり、駅のチケット売り場へと向かいながら、私の頭に、あるアイデアが浮かびました。

 「わかったよ。それじゃ、先生は、君にお金をあげない。君は、自分のお金で新幹線に乗りなさい。」
 「あ~良かった。・・・でも・・・そんなお金もないし・・・」
 「大丈夫。君は、3700円も持ってるだろ?」
 「うん。3700円しか・・・」
 「ところが、君は東京から来て東京へ戻るんだから、往復の割引券が使えるんだ。そしたら、帰りの分は、たった300円で乗れるんだよ。」
 「え~っ、たった300円で?」
 「うん、今、僕が買ってきてあげるから、300円ちょうだい。」
 「やった~! はい、300円。」

 かくして、私は、まんまと300円を頂戴し、少女をその場で待たせて、ひとりで自動券売機に向かいました。福島~東京間の運賃は、実際には8000円以上ですから、差額を私が支払ったことは、言うまでもありません。少女の金銭感覚の無さを利用して、小さな嘘をついてしまったのです。嘘のついでに、駅弁も買いました。

 「はい、チケットと、お弁当。」
 「え~っ、お弁当も?」
 「うん、今、東京から往復してくれるお客さんには、お弁当が付いてくるんだって。」
 「わ~い!」

 やがて私たちは、東京行き新幹線のホームへと、エスカレータで昇って行きました。

 「それじゃ、これから大事なことを言うから、その通りにするんだよ。」
 「は~い。」
 「まず、僕が座席を選んで乗せてあげるから、そこに座って、終点の東京まで行きなさい。」
 「終点?」
 「いちばん最後の駅、っていう意味だ。とにかく、最後に、お客さんがみんな降りてしまう駅が、東京駅だ。」
 「わかりました。」
 「東京駅に着いたら、制服を着た駅員さんに、『タクシー乗り場はどこですか』 って聞きなさい。」
 「タクシーに乗るんですか?」
 「うん。タクシーに乗ったら、運転手さんに、『どこか、一番近くの教会に行ってください』 って、頼みなさい。」
 「あ、そうか! そこが修道院なんですね。」
 「いや、違う。まだ、そこは修道院じゃない。修道院は、遠くにあるからね。でも、とにかく、タクシーで近くの教会まで行って、降ろしてもらいなさい。もしも、タクシー代が足りなかったら困るから、この1万円札を持っておきなさい。」
 「だめ! お金はもらえません、って言ったじゃないですか!」
 「これは、あげるんじゃなくて、貸してあげるんだよ。無事に修道院に着いたら、君のお守りとして、一生大切にしてね。」
 「あ、お守りですか! 本当に? お守りなら、欲しいです! 大事にしますね。」
 「まぁ、使っちゃったら使っちゃったで、全然かまわないから。それよりも、教会に着いたら、中に入って、神父さんか牧師さんを探しなさい。」
 「神父さんと牧師さんって、どう違うんですか?」
 「おんなじようなもんだ。とにかく、その教会の偉い人を探して、『修道院に入りたいんですが、どこか紹介してくださいませんか?』 と、お願いするんだ。」
 「そうか、その教会で、教えてもらうんですね。」
 「その通り。きっと、教えてくれるよ。」
 「やった~! 先生、ありがとうございます!」

 少女の喜びは、大変なものでした。

 やがて新幹線が到着すると、私は少女を席に案内し、お弁当と、ホームで買ったお茶を渡しました。

 「お茶くらい、あげてもいいよね。」
 「・・・ありがとうございます。」
 「それじゃ、先生は降りるからね。」

 その瞬間、少女の瞳から、大粒の涙がぼろぼろと、こぼれました。私の目にも、涙のダムが出来ていました。少女を抱きしめて、ほおずりしてやりたい衝動にかられましたが、ぐっとこらえて微笑みました。

 「いいか、先生は、いつでも君の味方だ。ずっと、君の友だちだ。何か嫌なことがあったら、僕のことを思い出しなさい。僕の心はいつでも、君のそばにいるからね。わざわざ来てくれて、本当にありがとう。」

 少女は、声にならない泣き声を噛みしめ、私が差し出した手を、きつく握ってくれました。
 
 「それじゃ、さよなら。元気でね。」
 「さようなら。」

 新幹線のドアが閉じ、彼女の泣き顔が遠ざかっていきました。

 正直なところ、教会まではたどり着けても、その教会が修道院を紹介してくれ、実際に修道院に入ることのできる可能性となると、かなり低いだろうことは承知していました。教会の神父さんか牧師さんが、少女の話を聞いて、社会常識にのっとり、警察や医者を呼ぶ可能性の方が、はるかに高いだろうと思われました。

 しかし、それでも私は、神様にお任せしようと考えたのです。

 その後、少女からは、まったく連絡がありません。
 今ごろは、再び病院に戻されている可能性が高いことでしょう。それでも、彼女の心の中には、「飯田先生だけは、私を裏切らなかった」 という、ひとかけらの希望が残っているはずです。私が、あの時、警察署に連れて行っていたならば、そのひとかけらの希望さえも失って、今度こそ誰も信用できなくなっていたに違いありません。

 それでも、もしかすると、うまくどこかの修道院に救っていただき、神様に仕える毎日を送っているかもしれません。もちろん、病院や両親には、「彼女は今、我が修道院においでです」 という連絡が行っているはずですから、それはそれでご安心なさることでしょう。


 私は今でも、福島駅の新幹線ホームに立つたびに、大粒の涙で手を振りながら消えていった、少女の姿を思い出すのです。

                              (第2話 完 : 2000年6月23日)
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コメント

1988年

1988年の措置入院から任意入院になって、斯様な措置入院的な恐ろしい事は起きなくなったんだろうと勝手に想像していたところで、ヨミドクでこの記事にせっし、率直に「おそろしい」と思ったのですよ。

でもきっとあるだろうし、この解釈を巡り拡大解釈が使われるようになれば、それはもうなんというか過去私が好きだった、1920年代に行われた数々事に繋がり漫画の丸尾末広と映画かカリガリ博士の世界となるわけです。

実社会で起きていることこそおそろしいのです。

阻止すべく、対抗の祈りではなく光の祈りが必要だと感じます

No title

だいふぁんころじーなさん

>ヨミドクでこの記事にせっし、率直に「おそろしい」と思ったのですよ

本当におそろしかったですよね。1988年以前は、あのような恐ろしいことがたくさんあったのでしょうかね。

>カリガリ博士の世界となるわけです。


丸尾末広もカリガリ博士も知らなかったので検索してみました。「カッコーの巣の下で」という映画もありますよね。あの映画の感じなのかなと思いました。違うかもしれませんが。

>阻止すべく、対抗の祈りではなく光の祈りが必要だと感じます。

今回、あの記事を紹介してくださったことで、多くの方の意識が向いたかもしれませんね!ありがとうございました!






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gayatori mantora

「ありがとう」「ごめんなさい」「許して下さい」「愛しています」の言葉を繰り返すホ・オポノポノが効果があることは広く知られていますが、人類が授かった最強のマントラといわれるガヤトリーマントラを繰り返し唱えることは計り知れない効果があることはあまり知られていないようです。

はっち


オーム
(宇宙のはじまりのめでたき音)

ブール ブワッ スワハー
物質的な世界、心の世界、天界。〔そのすべてに満ちている〕

タット サヴィトゥール ワレーニャム
至高の「あの存在」のみなもとをたたえます。

バルゴー デーヴァッシャ ディーマヒー
精神の光を、「あの存在」の聖なる真理を、深く瞑想いたします。

ディヨー ヨーナッ プラチョーダヤートゥ
知性によって、われらに光があたえられ、絶対の真理をさとることができますように。

(正しくものを見る目が開かれますように。神さまどうかお導きください)
【転載元】


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【神々・妖精のイラストより転載】

 

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