不正と闘い人を憎まず

世界を変えようとして働きかけるとき、つい悪者をつくってしまいます。そして、憎しみ合ってしまうことがしばしばです。憎しみ合いが民族間や国家間に広がったとき世界に大混乱をひこおこしてしまうのかもしれません。この沢庵禅師ような心境で働きかけができるくらいまずは自分の心を浄化していきたいです。竹下さんの福岡講演に参加してこんなことを思いました。



沢庵禅師 虎の檻に入る」より転載させていただきました。
--------------転載開始--------------
三代将軍家光が、まだ将軍になって間もない頃のことである。朝鮮からの貢ぎ物の中に、日本人がはじめて見る虎があった。

堅固な檻に入れられた虎が江戸城内に運ばれ、将軍の御覧に供せられることになった。初めて見る猛虎に、若き家光は背筋に冷たいものを感じながらも、嬉しさを隠そうとはしなかった。日を定めて集まるようにとの御触れを大名、旗本に出した。
「今日の催しは、朝鮮国渡来の虎の檻に人間を入れる。さよう心得よ」
と家光は一座を見渡した。やおら傍らに控えた柳生但馬守を振り返り、
「但馬、そちが入ってみよ」
と言った。但馬守は、うやうやしく一礼して悠然と立ち上がった。手早くたすきをかけ、門弟に目配せすると、お城の道場から急ぎ運ばせたアカガシの木剣を手に、虎の檻へと近寄る。

一同は息をのんで見つめる。檻の番の者に、開けろと命じて、但馬守はヒラリと檻に入った。なにしろ相手は猛獣である。一瞬たりとも気合を緩められない。

虎は獲物にとびかかろうと牙を剥いている。但馬守は木剣を中断に構えて、わが身をかばいながらジリッ、ジリッと進むと、剣勢に押されて虎は後ろへ引く。檻のすみに虎を追い詰めていった。

「但馬、もうよかろう」
ろ将軍は言った。但馬守は体勢を崩すことなく、小刻みに後退する。檻の戸のところまで来ると、開けろとそのまま声をかけ、構えたまま外に出る。但馬守の体は脂汗でぬぐわれたようになっている。居並ぶものの間から喝采が湧き起こった。但馬守は面目をほどこして座にもどる。柳生但馬守の積極性は溌剌颯爽としたものである。

「もう一人、入れる」
と家光は一座を見渡した。一同は視線を避けようとする。後ろに控える沢庵禅師に、
「どうじゃ、禅師、御身ひとつ入ってみるか」
と言った。辞退するだろうと家光は内心思っている。すると沢庵はにっこり笑って、立ち上がり、片手に数珠を下げてフラフラと檻のほうに歩いていく。但馬守と違ってすきだらけである。檻の番の者が、手早く戸を開けると、沢庵はそろそろと中に入っていく。

虎は飛びかかるかと思うと、さにあらず、沢庵の衣のすその周りにまつわりつく。足元に横になって、のどをゴロゴロ鳴らしている。まるで飼い馴らされた猫のようである。

いちばん驚いたのが家光である。
「もうよかろう、禅師」
「さようか。おとなしくしておれ、また来るでな」
と虎に言い渡すと、くるりと背を向けて檻を出てくる。汗ひとつかいていない。

家光は問う。
「但馬、そちはいかなる心構えにて虎の檻に打ち入りしか」
「柳生流の真の気合をもって攻めつけましてございます」
「沢庵禅師、御身は」
「何の存念もございません。愚僧は仏道に精進いたすもの。虎といえども仏性あり。慈悲の心をもって接したまででござる」

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