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ジャーナリズム

アシスト:コラム(Our World)より転載させていただきました。以前に紹介した高橋清隆氏の動画の最後で紹介されていたジョン・スウィントンのスピーチです。高橋氏が言うとおり今も昔もジャーナリズムというのはこのスピーチの通りなんだなとおもいました。
コラム(Our World)

題名:No.503 報道の自由
From : ビル・トッテン
Subject : 報道の自由
Number : OW503
Date : 2002年01月09日
今回のOWでは、報道には昔も今も公正さや中立性というものがないと述べた、元『ニューヨーク・タイムズ』紙記者のジョン・スウィントンの有名な引用をお送りします。是非、お読み下さい。皆様からのご意見をお待ちしております。
(ビル・トッテン)

 1880年、『ニューヨーク・タイムズ』紙の著名な記者であったジョン・スウィントンが、ニューヨークプレスクラブのパーティにおいて「報道の自由」に乾杯がなされたことに対して行ったスピーチを以下に紹介する。

世界の歴史における今日のアメリカにおいて、

報道の自由などというものは存在しない。

あたなはそれを知っているし、私も知っている。

あなた方のうち、誰一人として正直な意見を書けるものはいないし、

もし書いたとしても、それが決して新聞に載ることはないことを知っている。

私は私の正直な意見を新聞に書かないことで給料をもらっている。

あなたがたも同じことをして給料を得ている。

もし正直な意見を書こうなどという、愚かな考えを持つ者がいれば、

すぐに失職して別の仕事を探さなければならないだろう。


もし私の正直な意見が新聞に掲載されようものなら、

24時間以内に、私はくびになるだろう。

ジャーナリストの仕事は、

真実を壊し、公然と嘘をつくことであり、

判断を誤らせ、中傷し、

富の邪神の足元にへつらい、自分の国も国民をも、

日々の糧のために売り渡すことである。

あなたはこれを知っているし、私も知っている。

報道の自由に乾杯など、どんなにばかげたことか。


我々は金持ちたちの舞台裏の道具であり、召使だ。

我々は操り人形で、彼らが糸を引き、我々が踊る。

我々の才能も可能性も命も、他の人間の道具なのである。

我々は知性の売春婦なのだ。



 (出所:Labor's Untold Story, by Richard O.Boyer and Herbert M. Morais, Published by United Electrical, Radio&Machine Workers of America, NY 1955/1979)

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