古山明男氏

変えよう!日本の学校システム より転載させていただきました。私は、週に1回、不登校の子どもと接する機会があるのですが、その子を今の学校に無理に行かすことは無意味だと感じます。5教科の勉強も優先順位がずっと下の方にあるとおもっているので(特にその子にとっては)、一緒に虫をとったり、鳥の巣箱をつくったり、今は竹で虫の模型づくりに挑戦しているところです。もっと学校が子どもにとって、社会に出て困らない、あるいは社会に貢献できるだけの本物の才能が伸ばせる場所であり、そして何よりも本当の幸福について学べる場所であってほしいです。子ども達にこのような話をすると大賛成してくれます。ただ既存の学校システムからドロップアウトして、自由に楽に生きていく勇気がないのです。でも、それをその子達に求めるのはあまりにも障害が大きいような気もします。第2のレイノルズ一家がたくさん現れて、その家族によって信任された学校があちこちにできてほしいです。

いまの教育が唯一の形態か 

学校に強制的に来させて、机に無理矢理座らせて、決められた教科を教え込む。
 これは、訓練であって、教育ではないと思っています。

 私は大嫌いでした。なぜ、この非人間性を疑わないのかと、子どもの時は感じていたし、大人になったら考えました。
 こういう教育では伸びなかった子供たちをたくさん知っています。

 学校は、1人1人を大事にしていると言うし、決して一方通行の授業をしていないと言います。たしかにそういうことを学校と先生は考えているし、よい試みもあります。ときたまには、いい感じの教室運営もあります。
 でも、全体としては建前です。

 学校の様子を見ると、どんな試みも、個人的なもので終わっていきます。学校は規則と慣習でがんじがらめです。

 教育というのは、国家に起源があるのではありません。義務教育が普及したのは19世紀後半からです。人間がいれば、教育が存在するのです。
 教育は学術、文化そのものでして、法律や行政に内容を統制させると、しなびてしまいます。
 教育は、人々が担い、人々の間から自然発生するものです。寺子屋みたいなものや、遊び中心のものがあっていい。あったほうがいい。

 ホームスクールを含め、教育機関を作る自由と、選ぶ自由が必要です。

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